青い鳥

2013 0516 canon l3 elmar50 presto ei200 d76032

下町、平日午後四時。
活気づく駅前に彩りを添える彼女達がキラキラと見える時間。
普段は少し疎ましささえ覚える存在になぜか親しみや安らぎさえ感じてしまえるのはマジックアワーのせいか、それとも内に秘める何かが輝くからなのか。

愛する息子がいるだろう。愛する夫がいるだろう。
一人一人に生活がありそして人生がある。その中で不平を述べながらも輝けるのは幸せだからなんじゃないだろうか。

小さなしあわせという小枝を、不満そうにも大木に集めながら囀る彼女達。
僕は青い鳥を収める様にシャッターを切った。

ハローグッバイ

2013 0321 konica 3a fuji neopan 400 presto d76 016

街は人々の意思とは関係無く進化していく。

人が街を意識して記憶するならば、そこは初めて訪れた場所、いつものありきたりな場所、人が多い、少ない。思い出の場所、そうで無い場所。
あの時の街、この時の街。

人の記憶は瞳の中にスポイルされていくけれど、僕の瞳は記録の中を記憶していく。
かつてそこには川が流れていて、木が生い茂り未開の地を切り開くような場所であったとしても、街は人々の意思とは関係無く進化していく。
形だけが取り残されて行く。
記憶だけが走り出して行く。
街が進化する、僕はノーと言う。
もうどうしようもない。

路地裏生活

2013 0207 konica 3a ilford fp4plus id11 014
君がみつめたから、僕は足を踏み入れた。
君が逃げ出したから、僕は先へ歩んだ。
君がいなかったから、僕は更に奥へ進んだ。
僕が路地に迷い込むのにはそれ位の理由が必要で、
僕が路地に迷い込むにはそれ位の理由でいい。
君がいなかったら、僕はきっとこのままここにいて、
きっと出口はどこかにあるのだろうと、ずっと彷徨うに違いない。

君を知らなかったら迷うことなく僕は通り過ぎたに違いない。

はじめまして、さようなら

2013 0207 olympus xa2 kodak 400tx spd ei800 030-2
名前も知らないあなたを僕はさっきはじめて知りました。なぜならそれはあなたを撮ったわけではないからです。
その時僕はただ最終電車に詰め込まれる人々を、息の詰まるあの感覚を、フィルムに収めたかっただけなのです。
失礼ながらあなたのことは目にも入っていなければ、ファインダーにも写っていませんでした。でも今更ながら、あなたがそこにいたことを知り僕はできたら幸せであって欲しいと思いました。
見ず知らずの人間にそんなことを思われるのは不快なことかもしれませんが、あれから数ヶ月が経ち、不思議とそう思うのです。
もう会うこともないかもしれませんが、僕が向けたカメラの先のあなたが元気でいてくれたら、僕は嬉しいです。

カセットテープ

2013 0305 konica 3a fuji neopan presto 400 spd 037

部屋の掃除をしていると昔の写真が出てくる。そしてそれを懐かしそうに見つめる。
フジカラーと書かれた緑色の紙の封筒には二十枚ほどのプリントが入っていた。
人物一人一人のバストアップ写真。四人の若者の集合写真。
変な顔の写真そして楽器をもって格好つける写真。
それが十代の頃に撮ったものだということは、自分の写真を見つけてすぐにわかった。
キャラメル色に近いサラサラした髪の毛をマッシュルーム風にまとめている。
緑色のニューバランス。これはとても気に入っていたスニーカーの一つ。
嬉しそうに構えたプレシジョンベースは今は人に貸したままになっている。

そんな回想が一瞬で頭の中を駆け巡った。

確かこのプリントをコピー機でコピーして、それを切りぬいてチラシにしたり、自分たちの演奏を収めたカセットテープのジャケットにして配ったりしたっけな。

そのカセットテープは確か五十本、いや百本くらいは作ったような気がする。
そのうちの一本はきっと我が家のどこかにあって、いつかそのコピーの切り抜きに色鉛筆で着色したお世辞にも綺麗とは言えないジャケットを見て、今と同じように苦笑いをするに違いない。

演奏はたぶんもう聞くこともないと思うけれど、その時いつも一番最後に演奏したあの曲は思いだそうとすればすぐに思いだすことができるんだ。

春の気配

2013 0305 konica 3a kentmere 400 d76 008

春のうららかな日。花の咲く香り、アスファルトが温まる気配。
それでもずうっとここにいるから少しだけ足元から寒さを感じた。
目があった時に笑顔で渡そうと思って缶入りのミルクティーを買っておいたのだけど、温かいというよりは微妙な温かさに変わってきた気がするから、プルトップに指をかけた。あまり甘い飲み物は得意じゃない。

飲み干そうとして少し首の角度を上に向けたら、陽の光がいつもとは違うような気がした。眩しさに目を細めて缶を口から離す。
なんとなく口から声が漏れた。どんな音がしたかは覚えていないけど、おそらく「ふぅ」といった音にもならないような声を出したのだと思う。とにかく歩き始めた。



別に諦めたわけじゃない。



数歩して思いなおした。
さっきまでいたあの位置、数秒前にいたあの位置にピタリともう一度戻ってみることにしたら、もしかしたら陽の光が今はまっすぐ前を向いていても感じることができるかもしれない。

この場合、静かに後ずさりをしても良いのかもしれなけど、くるりと踵を反してちょうど180度回転した。
何歩か歩いてまた同じ動作をする。


同じ場所まで戻ると特に何も変わっていなかった。
しいて言えばさっきまで遠くで聞こえていた工事現場の掘削するような音がなくなった気がする。

ところで今までずうっと前ばかり見ていたけど、前から来るとは限らないのじゃないか。
右?左?

確認しようとした時に一台のスクーターが前を横切った。
それは春の匂いなんかではなく、ただの排気ガスの臭いだ。

今度はさっきよりも少し早めに歩きだした。
数メートル先、さっき利用した自動販売機のゴミ箱にミルクティーの缶を放り込む。

わざとさっきよりも早く、できるだけ早く歩いた。

正解は正面。春の気配。

花の意

2013 0305 konica 3a kentmere 400 d76 006


虫は人間と見える色が違うらしい。
紫外線を可視光線としている虫達には、紅や緋に見える梅の花も藍や紫に見えているというから不思議だ。
フィルムという感光材も紫外線を感光するから、その為の紫外線カットフィルターといった道具が必要になる場合がある。

だとしたら僕たちが普段見ている花の色は本当は何色なんだろう。
本当は何色に見せたいのだろう。
試しに色を消してみよう。

目の前に広がる光景を、モノクロの目で見るということはさほど難しいことではないと思う。
例えば普段から楽器、仮にフルートでも吹くことができるとしたら次第にいくつもの音が重なるオーケストラの中からフルートの音だけを明確に聞き分けることができるはずだ。
それと同じ要領でやれば比較的簡単に世界はモノクロに見えてくる。

モノクロで写した花の美しさはどの辺りにあるんだろう。

花はその存在を知らせる為に造形にも工夫を凝らしているに違いない。
でも僕たちがみる花と虫達がみる花と、形は同じでもその色に違いがあるとしたら、むしろ花の美は形にこそ重きが置かれていると考えるのが自然ではないのか。

ならば美しい花々を白と黒のグラデーションで感じるのは、花の意に沿っているのかもしれない。

観光者

2013 0221 konica 3a fuji neopan 100 acros microfine 010

知らない街を行く時、人はすべてのものが真新しく見られるに違いない。

僕は東京が好きだ。
東京はさまざまな顔を持っているから、いつでも僕を観光者にしてくれる。

彼らはどうしてそこで二人の笑顔を収めようとしたのだろう、そんなことを考えてみたところで理由なんかないはずだ。そこに笑顔が二つ並んでいるだけで、人は幸せになれるから。

それなら僕はそれを収めよう。
幸せな笑顔が僕をいつでも観光者にしてくれる。

待ち合わせ

2013 0214 konica3a kentmere400 034

都会の待ち合わせの音はどんな音だろう。三十種以上のモルトで作られたブレンデッド・ウィスキーみたいなものだろうか。

多くの人は手元を見て俯いている。

二十四時間のうちの目を開いている間、僕は常にシャッターを切っている。
だからもし、いつでも手にしているこのカメラが無くっても僕の目は切り取っている。

目の前の景色は常にシャッターチャンスの連続だ。
ドラマは僕の中で流れていて、足早に歩く人も俯き加減に項垂れる人もそのすべてがドラマチックだ。

そんなことを考えていると、待ち人が来るまでの間、僕は俯かずに前を見ることができる。

放課後

2013 0131 yashica electro35 gtn kodak 400tx trix 006

いつだったか、テレビで見た路地裏のパン屋さん。
かわいい動物の顔の形をしたパンを販売する小さなお店。
看板を見つけて路地を抜けて行った。

数枚シャッターを切ったところで、
「すみません」
人一人分しかない路地、お店を撮ってる間待っててくれたみたいだ。

僕もすみませんと言って道を空けると、パン屋の前の小さな踏み台に彼女は乗って、パンを選んだ。

僕はその後ろに並んで、彼女は放課後にかわいいパンを買って帰るのを楽しみにしてるに違いないと思うと、なんだか良い気分になった。

小さなしあわせを後ろから見ている、それも小さなしあわせ。

雪が降る町

2013 0114 pentax lx fuji neopan SS smc takumar 28 3.5 009

その日は大雪だった。

といっても、日本で一番人口が多い場所での雪は幻想的な風景なんかでなく、ただ混乱を招く迷惑な存在のようだ。でも僕は違った。
漫画で言ったら「ピンッ」という効果音が書かれる位に気持ちが高なった。一眼レフを握りしめて、10センチは積もった雪の中をスニーカーで歩いて行く。



気持ちが良かった。



まるで真っ白な世界、ウロウロとする人々。ある人はしかめっ面で雪を蹴飛ばし、ある人は呆然と雪の中に立ちすくむ。そう、東京で降る雪とはそういうものなのだ。

普段は偉そうにしているクセに、ちょっとしたことでうろたえる。そんな東京がやっぱり好きで、たまには困った顔も見てやろうという気がしたのかもしれない。


何も見えないファインダー。気温差で曇ったレンズ。
ピントなんか合わなくてもいいから、困った顔を撮ってやろうと言う意地の悪い気持ちと愛情を込めて、僕は迷わずシャッターを切り続けた。