春の気配

2013 0305 konica 3a kentmere 400 d76 008

春のうららかな日。花の咲く香り、アスファルトが温まる気配。
それでもずうっとここにいるから少しだけ足元から寒さを感じた。
目があった時に笑顔で渡そうと思って缶入りのミルクティーを買っておいたのだけど、温かいというよりは微妙な温かさに変わってきた気がするから、プルトップに指をかけた。あまり甘い飲み物は得意じゃない。

飲み干そうとして少し首の角度を上に向けたら、陽の光がいつもとは違うような気がした。眩しさに目を細めて缶を口から離す。
なんとなく口から声が漏れた。どんな音がしたかは覚えていないけど、おそらく「ふぅ」といった音にもならないような声を出したのだと思う。とにかく歩き始めた。



別に諦めたわけじゃない。



数歩して思いなおした。
さっきまでいたあの位置、数秒前にいたあの位置にピタリともう一度戻ってみることにしたら、もしかしたら陽の光が今はまっすぐ前を向いていても感じることができるかもしれない。

この場合、静かに後ずさりをしても良いのかもしれなけど、くるりと踵を反してちょうど180度回転した。
何歩か歩いてまた同じ動作をする。


同じ場所まで戻ると特に何も変わっていなかった。
しいて言えばさっきまで遠くで聞こえていた工事現場の掘削するような音がなくなった気がする。

ところで今までずうっと前ばかり見ていたけど、前から来るとは限らないのじゃないか。
右?左?

確認しようとした時に一台のスクーターが前を横切った。
それは春の匂いなんかではなく、ただの排気ガスの臭いだ。

今度はさっきよりも少し早めに歩きだした。
数メートル先、さっき利用した自動販売機のゴミ箱にミルクティーの缶を放り込む。

わざとさっきよりも早く、できるだけ早く歩いた。

正解は正面。春の気配。